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2004/01/29 (雑談)単なるありふれた現実の朝のものがたり


  地下鉄を降りて改札を抜け、エスカレーターと階段で地上に出る。おれが日々上っては
降りるその階段は出口の間近で二手に分岐する。正面に上り続ければ交差点の側に出るだ
けだが、左折すればビルの地下を経由してより目的地に近い出口から外へ行けるのだ。
  そのビルの通路には小さな薬局がある。通常店員は一人しか見えず「三十分でシャキー
ン」なる怪し気な手書き広告が印象的な店だ。薬よりもその狭い空間には不釣合いに広い
領域を占有する飲料コーナーからの売上でやっていけているのではないかと心配になる、
そんな店だ。怪しいと云えばその店は、まるで「正方形の店舗が通路によって真っ二つに
分断されたかのように」通路を跨って存在するのだ。飲料を購入する時、通路の右手で冷
蔵庫から取り出したサントリーの烏龍茶を、通路の左側にあるこちらは薬局然としたレジ
に持っていかなければならない、そんな店だ。
  おれは既に常態と云えなくもない異常な眠気に朦朧としながら、何らかの救いにすがる
かのように栄養ドリンクの冷蔵庫の前に立った。以前知人が「ちょっと高めの栄養ドリン
クを飲むと数時間はもちますね」などと云っていたのを思い出したのだ。眠眠打破なる覚
醒効果を謳ったカフェイン飲料が全く効果無く睡魔に苦しんだ過去を同時に想起しては苦
々しく思いつつではあったが。
「何か?」
  突然白衣のおやじが背後から出現し小声でそう云った。ぎょっとしながらもおれは自分
が眠気覚ましの薬液を求めていることを告げた。
「眠気だけ?」
  云いながらおやじは一本の小壜を冷蔵庫から取り出し
「四百二十円」
「あ、はい」
  何とも云えぬ雰囲気に気圧されおれは購入の旨を告げていたのだ。
「ここで飲む?」
「ええ」
  何やら嬉しそうにおやじは勢い良く壜の蓋を開けると店の隅を指差す。どうやらそこで
飲めということらしい。どうも、とか云いながら千円札と交換に茶色の壜を受け取り、何
故かこそこそと背中を丸めながらその狭い空間に向かって歩こうとすると、おやじはいつ
の間にかどこかから取り出した黄色い錠剤を二錠、おれの手に握らせるようにしてきた。
「あ、ども。これが効くんですか?」
  いささか度肝を抜かれつつ訊くと
「・・・いいよ・・・・・」
  おれの目を見ずに掠れ気味の囁き声でそう云ったおやじは釣りを取りに消えていった。

  今日おれは快適に仕事を行うことができた。
  だが、感謝より以前にあのおやじに対して抱いてしまったこの気持ちは、何と表現すれ
ば良いのか。もし「薄気味悪い」という言葉が存在しないとすれば。


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